対談 香山リカ
4月20日
■ 何人かの選手はもういいと代表に拒絶反応を起こした
- 岡田さんは脳や心理にも興味を持たれています。
- 岡田監督:監督の仕事をやる中で脳の勉強もした。演算速度が速い旧皮質でサッカーをやらないといけないとか、気づかされたところもあった。精神的な面も、実は脳からくるんですかね。
- 香山:脳でほとんどが解明できるんじゃないかと期待された時代もあったけど、最近は脳だけではわからないんじゃないかと揺り戻しがある。脳の中の神経伝達物質のセロトニンやアドレナリンの流れ具合ですべての感情や気分が決まってくると言われて、実際にそういう薬でうつが治ったりするけど、同じ薬を出してもすぐに効く方と効かない方といますし。
- 岡田監督:戸塚ヨットスクールの戸塚宏さんは、脳幹を鍛えるために生きるか死ぬかのドキッとするような刺激が必要だと話している。倉本聰さんも同じようなことを言っていて、今は便利・快適・安全になって、五感からの刺激が少なくなり脳が活性化せず、人間として判断する力も落ちてきていると。動物は攻撃するか逃げるかだけど、現代の人間がキレるのは攻撃する部分で、引きこもるのは逃げることだと。より動物的になってきていると。脳が感情や意欲からすべてを牛耳っているとしたら、我々が幸せだと思ってつくった豊かな今の社会が原因なのかと。脳が活性化してこないってあり得るのですか。
- 香山:逆に、最近はちょっとしたことでキレて、抑えがきかない人が増えていてアンバランスな感じがする。思ったら殴ってたとか、ちょっと不愉快だったら電車の中で怒鳴っていたとか。怒りとか激しい感情は脳の中の扁桃体(へんとうたい)というところにいきなり信号が入って反応するといわれていて、知的な仕事の方とか、高学歴の方でも結構いる。現代の生活スタイルが、理性などの高等な精神機能をつかさどる新皮質や、思考、判断、計算機能をもつ前頭葉を使うようでいて、あまり使われていないんじゃないでしょうか。
- 岡田監督:私は生きる力が落ちてきて自殺者が3万人もいる国では豊かすぎて、旧皮質とか脳幹とかの力が落ちてきているじゃないかと考えていた。逆に、脳幹はしっかりしているけどストレスで新皮質が機能しなくなっているのかな。動物として生きる力が落ちているような若い人は診療には来ないんですか。
- 香山:生きること自体がつらいという人がいて。呼吸するとか心臓を動かすというのは意識と関係ないのに、朝起きて今日も一日息をしなきゃいけないと思うと本当につらい、一日心臓を動かすかと思うと耐えられないという人がいる。放っておくと死んでしまう感じ。生物としての生存本能とか、生きるという機能自体が下がっている。
- それは最近の傾向ですか。昔からいたんですか。
- 香山:いたとは思うけど、ただ生命機能を維持するだけで疲れるみたいな人はいなかったでしょう。
- 岡田監督:今は普通に、ある程度の生活をして生きていける。誰かが言っていたけど、空中ブランコの1メートル下に安全ネットがある社会だと。あれも危ない、これも危ない、安全に安全にと。ネットが1メートル下では見る方も飛ぶ方も全然おもしろくもない。死んだら困るからネットは必要だけど、やはり10メートルぐらい下にあったほうがいい。1メートル下にあるから生きる力が落ちてきている。落ちたって大丈夫だと簡単に手を離してしまう。そういう現象なのかな。
- 香山:経済学者の浜矩子さんは、今の若者はハングリー精神がないからだめだというけど、私は人のモチベーションを高めるハングリーと高めないハングリーがあるんじゃないかと言っている。戦後の高度成長時代では、貧しいし危険だけど頑張ればよくなるということがあったから頑張れた。今も仕事や住むところがない若者もいるけど、昔のようなガッツを出してハングリー精神で頑張るかというと逆です。
- 岡田監督:2種類あるね、確かに。
- 香山:そういう意味では窮地に追い込むとかネットを10メートル下に敷けば、「よしやるぞ」となれるかというと違う。どうすれば彼らにモチベーションを与えられるのか、教育者や心理学者が悩んでいる。スポーツ選手はあと一歩頑張れば1ランク上がれるというのが動機になりますか。
- 岡田監督:最後に勝負がかかったときの強いこだわりとか強さは、今の選手は劣っている。持ってはいると思うけど奥の方にしまわれている。元代表監督のトルシエは日本人は戦えないといってこづいたり、なぐったりしたけど。豊かすぎて普通にやっていれば結構なお金が稼げるし、この程度でもJリーグでやっていけるという環境がやはり大きい。ところで、香山さんに聞いておきたいことがあって。スポーツの世界で最高のパフォーマンスをする時って「フロー」か「イン・ザ・ゾーン」といって、覚えてない。無心なんです。
- 香山:頭が真っ白で。
- 岡田監督:私も選手時代にあった。監督としては意図的にそういう境地に選手を入れたいんだけど、偶然にしか入らない。
- 香山:一種のトランス状態で、催眠術みたいなもので人を入れることはできそう。ただ、それがパフォーマンスにつながるのかは難しいかもしれない。催眠誘導というか、振り子を見させて集中させて意識を変えるとか、いろんな方法がある。
- 岡田監督:本当に変性意識に入ってしまうんですか。
- 香山:人によって入りやすい、にくいはあるけど。
- 岡田監督:今度、香山さんに来てもらって、選手にやってもらおう。催眠状態に入ると自分で抑制していた縛りが取れるようなことですか。
- 香山:意識や視野が狭くなるので周りの変な情報が入らなくなる。むしろ狭い意識の中で周りのものは見えないけど目の前にあるものは高みから見えるような。
- それが最高のパフォーマンスにつながるかはわからないわけですか。
- 香山:催眠状態にして、「さあ行け」では難しい感じですね。プレーしていてすぐに入れるものなのか、体も疲れてそういう状態に入るのか。
- 岡田監督:追い込まれたり、危機的状況だったり、私の経験の中ではそういう時が多い。
- 現役時代にあったのですか。
- 岡田監督:現役時代は1回だけ。監督では、横浜マ時代に優勝したとき、セ大阪戦で0―1で負けていて1人退場になったら、選手たちが何を思ったか、そこからがんがん攻めて圧倒した。完全にフローの状態だった。常識では考えられない。プロゴルファーがそういう状態に入って、ホールアウトして初めてすごいスコアで回ったことに気づいたという話もある。アスリートはどうやったらゾーンに入れるか追い求めている。
- 香山:絶対に優勝できると自分に言い聞かせて、潜在意識のなかで実現したような感覚になってやるとか。そういうのではだめですか。
- 岡田監督:その通りですが、最後の無心の状態にはなかなか入れない。水泳シンクロの小谷実可子さんが銅メダルを取ったときも、泳いでいる途中で皮膚と水の境がわからなくなったと話していた。闘争本能の話ですけど、柔道の谷亮子さんはずっと勝っていると闘争本能がなえてくるので、夜のサファリパークにいってライオンにバスから肉を与えるという。肉に食いついてくるのを見ていると、闘争本能がよみがえってくるというんだけど、そういうことはあるんですか。今度、選手を連れて行こうかと思ったりして。
- 香山:ヤワラちゃんはライオンに同一化できる能力が高いということなんでしょう。普通の人なら怖がるだけかもしれない。
- やってみる価値はあるかもしれません。
- 岡田監督:南アフリカに入ったら、やり持ってライオンを追いかけさせるか。仕留めてこいと。
- 香山:W杯に初めて出た時とか、まだやっていないことに臨むときはワクワクしているけど、過去に実現したことをまたやるって大変なことですよね。
- 岡田監督:日韓で共催した2002年には勝ったけど、国外のW杯では日本は1勝も上げてない。06年は2敗1分けでめちゃくちゃたたかれて、何人かの選手はもういいと代表に拒絶反応を起こした。彼らにとって新しいことを成し遂げるという意識がある半面、強い恐怖心も持っている。今後も彼らはサッカー界で生きていくから。選手ってぎりぎりのどちらにも転ぶような精神状態。今でも危ない部分を何となく感じる選手がいる。安心感を与えすぎてもだめだし、不安感をずっとあおっていてもだめだし、すごく難しいところです。
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