Scugnizzo

Yahoo!検索

  • ウェブ全体を検索
  • このサイト内を検索

オマーン戦後

6月2日

■ 言ってできるなら簡単なんですけど

はじめに
立ち上がりからボール際でプレッシャーを掛け、ファイトしてくれたので、ある程度リズムがつかめ、いいタイミングで点が取れたので楽になりました。しかし、その後、少しボールの動かし方が遅くなったのと、11番(エマド・アルホスニ)を離し過ぎてプレッシャーが掛からなかったので、ハーフタイムに修正して、後半も立ち上がりに(中村)俊輔が非常にいいゴールを決めてくれました。あれが大きかったと思います。その後はボールはシンプルに動かしたんですが、ちょっと足が止まった面もあって、クロスまではいってもゴールが奪えなかったのは残念です。ですが、とにかくチーム一丸となって、勝つために戦ってくれた選手に感謝したいと思います。
選手が流動的だったのはチームコンセプトによるものか、選手のアイデアか?
その両方だと思います。チームのコンセプトは、シンプルにボールを動かすために足を止めないことと、パスをして動くということ。言ってできるなら簡単なんですけど、選手たちは自分たちのアイデアの中でやってくれていたと思います。
「接近・展開・連続」と言うが、今日はどのようなイメージだったのか。また、後半に4−2−3−1を試したが、以前はあまりうまくいっていないように思えたのだが、今日はどうだったか?
「接近・展開・連続」はあくまでイメージなんですが、前半は一人ひとりの距離がマイボールになったときに長過ぎて、イメージとしては外れていた。後半はもう少し、選手間(の距離)を縮めるように言ったんですが、そこからの突破というのがもう少しかなと思っています。守備に関しての接近は、ボール際、切り替えも速くて良かったと思います。4−2−3−1についてですが、(FWの大久保)嘉人はひとつ下で、ずっと4−2−3−1でキリンカップでもやっています。FWの選手がひとつ下がっている、ということで、2トップでやっているつもりは今までなかったので、後半の途中からも同じやり方でやっているつもりです。
アウエーも同じように戦うのか。変えるとすればどういう点か?
一番に暑さ(の違い)があるので。ここでどうするかは言えないのですが、何か工夫はしたいと思います。
長沼健さんが亡くなられたが、どこで知ったか。最後に会ったのはいつか?
健さんがお亡くなりになられたのを聞いたのは、出発前のホテルです。ここ最近は、お会いできていなかった。おそらく(最後は)昨年の10月くらいだったのかなという記憶はあります。
長沼さんにお世話になったということだが、一番の思い出は何か?
高校生のときから健さんの「チームプレー」という本を読んだりして、いろいろ勉強させてもらったことから始まって、一番の思い出はカザフスタンで(1997年のワールドカップ予選中に加茂監督が更迭されて)自分が監督になるとき、あの方が、自分が盾になるように前面に出られて処理されたこと。そのことが一番印象に残っています。
ボランチは今野だと思ったが、遠藤の起用はいつ決断したのか?
練習はクローズで見られていないと思いますが、東海大との練習試合した途中から試していました。決断は今朝しました。
遠藤起用の理由は?
全体のバランスです。俊輔と遠藤が並ぶと、どうしてもパスが前線に出ないことが多いので、1枚は松井や嘉人、そういう選手が中盤に欲しかった。それでなおかつ、今日はどうしても点を取らないといけない試合だったので、ビルドアップのところでDFからパスを受けてつなげる選手がどうしても欲しい。両方のことを考えたとき、ディフェンスのリスクを冒してでも、今回はこの組み合わせでいこうと考えました。
今日の試合は「冷静、慎重」だったと思うが?
攻撃に関しては非常に冷静だったと思います。ただしディフェンスではボールを取られた後の切り替えやボール際の戦いで、非常に熱く戦ってくれたと思っています。
プレッシャーが掛かる試合だったと思うが、3−0の勝利で山をひとつ越えたと思うか?
われわれはまだ何も得ていないと思っています。それに、今日のオマーンは本物ではないとも思っています。アウエーでも、今日のようなイージーな試合になると思ったら大間違い。山を越えたとは思わないですけど、第一歩目を踏み出せたとは思っています。